ブライトン&ホーヴ・アルビオンというクラブの名前を、日本のサッカーファンに広く知らしめたのは、三笘薫の存在でした。2022年に川崎フロンターレから加入し、プレミアリーグでドリブルを駆使して活躍。日本代表の主力としても定着した。
しかし、サッカービジネスの観点から見ると、ブライトンは三笘以前から「異常なクラブ」でした。
10年以上前は3部リーグ(リーグ1)に所属していた地方クラブが、2017年にプレミアリーグに昇格し、わずか5シーズン後の2022-23シーズンにはプレミア6位でヨーロッパリーグ(UEL)出場権まで獲得。過去12ヶ月で約500億円超の移籍金収入を叩き出しています。
この奇跡はどう起きたのか。日本のクラブが学べる要素は何か。整理してみたい。
トニー・ブルームという男
ブライトンの躍進を理解する上で、絶対に外せないのがオーナーのトニー・ブルームという人物です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | トニー・ブルーム(Tony Bloom) |
| 異名 | The Lizard(ザ・リザード) |
| 出身 | ブライトン地元出身 |
| 本職 | プロポーカープレイヤー、スポーツベッティング会社オーナー |
| クラブ取得 | 2009年にブライトン株式の75%を取得 |
ブルームは、世界でも有数のポーカープレイヤーであり、スポーツベッティング(賭博)業界の大富豪です。「The Lizard(リザード)」という異名は、ポーカー界で「冷静沈着で読みづらいプレイヤー」という意味で付けられた。
なぜポーカープレイヤーがサッカークラブを買い、なぜそのクラブが世界でも屈指の経営手腕を発揮したのか。鍵は「データ」と「確率」にある。
「Starlizard」という秘密兵器
ブルームは、ブライトンを買収する以前から、スターリザード(Starlizard)というスポーツベッティング・分析会社を運営しています。
この会社は、世界中のサッカーの試合を独自のアルゴリズムで分析し、賭博の結果を予測することで利益を出しています。100名を超えるアナリストとデータサイエンティストが在籍し、サッカーに特化した世界最大級の分析機関と言われています。
ここで生み出される独自データを、ブルームはブライトンの選手獲得・売却・戦術設計に活用しています。
「市場の選手評価が、私たちの内部評価と一致しないとき、それがチャンスです」
(ブルームの発言の趣旨)
つまり、市場が過小評価している選手を獲得して、市場が過大評価したタイミングで売却します。これは投資の基本ですが、サッカークラブで体系的にやっている事例は世界でも稀です。
「マネーボール」をサッカーに持ち込んです
ブライトンの戦略は、しばしば「マネーボール」と表現されます。
マネーボールとは、米メジャーリーグ・オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンが2000年代初頭に実践した、データ分析を駆使した低予算チーム運営の手法。映画化もされて世界的に有名になった。
ブライトンは、これをサッカーで実現したクラブとして注目されています。
マネーボール戦略の3ステップ
- 市場が見落としている選手を発見する
- 南米・アフリカ・アジアのリーグから、データ上有望な選手を発掘
-
選手の市場評価ではなく、独自指標による「実力」を重視
-
安く獲得して、トップリーグでプレーさせる
- プレミアリーグでの活躍機会を提供
-
短期間で市場価値を引き上げる
-
ビッグクラブに高値で売却する
- 市場価値が高騰したタイミングで売却
- 売却益を次の獲得に再投資
これは三笘薫のケースでも完璧に当てはまる。
三笘薫のケーススタディ
三笘薫の移籍は、ブライトンモデルの「成功事例」として国際的に語られています。
| 時期 | 出来事 | 金額 |
|---|---|---|
| 2021年8月 | 川崎フロンターレ→ブライトン移籍 | 移籍金 約4.8億円(300万ユーロ) |
| 2021-22 | ベルギー・ユニオン・サンジロワーズ(提携クラブ)にレンタル | — |
| 2022-23 | ブライトン復帰、プレミアでブレイク | 市場価値急騰 |
| 2024年時点 | 推定市場価値 | 80億円超 |
ブライトンは三笘を約4.8億円で獲得し、市場価値を80億円超まで引き上げた。仮にこの段階で売却すれば、75億円以上の純利益を1選手で生み出すことになります。
これがマネーボール戦略の威力です。
なぜブライトンは三笘を見つけられたのか
川崎フロンターレで活躍していた三笘は、日本国内では既に評価されていた。ですが、欧州主要クラブの多くは「Jリーグの選手=プレミアでは通用しない」という固定観念があった。
ブライトンの分析チームは、固定観念ではなくデータで判断した。
- ドリブルでの相手抜き成功率
- 1対1の局面での突破率
- スプリント回数とスタミナ
- 利き足(左足)の精度
これらの指標で、三笘は「プレミアで通用するレベル」と判断された。市場が低く評価していた選手を、データで掘り当てた典型例です。
ブライトンが過去12ヶ月で売却した選手たち
三笘以外にも、ブライトンは選手売却で大きな利益を出しています。過去12ヶ月(2022-2023年頃)の移籍金収入は約500億円超。
代表的な売却例:
| 選手 | 売却先 | 移籍金 |
|---|---|---|
| マルク・ククレジャ | チェルシー | 約95億円 |
| ベン・ホワイト | アーセナル | 約75億円 |
| イヴ・ビスマ | リヴァプール | 約75億円 |
| アレクシス・マック・アリスター | リヴァプール | 約55億円 |
| モイセス・カイセド | チェルシー | 約170億円(プレミア史上最高額) |
この5人だけで、合計約470億円の収入。これは中堅クラブの年間予算を遥かに超える金額です。
ブライトンは、これらの売却益を次の選手獲得・スタジアム改修・ファシリティ強化に再投資し、さらに強いクラブを作っています。
ブライトンモデルの構造
ブライトンの成功を構造として整理すると、4つの要素に分解できます。
1. 独自データ分析(Starlizard)
100名超のアナリストによる、世界最大級のサッカー分析機関。これがクラブの心臓部。
2. 提携クラブネットワーク
ベルギー1部のユニオン・サンジロワーズもブルーム所有。獲得した若手をベルギーで実戦経験を積ませて、プレミアに引き上げる「育成→引き上げ」の循環ができています。
3. 長期視点の経営
成績の浮き沈みに動じず、長期的な視点で監督・選手・スタッフを育てる。短期的に強化費を投下するのではなく、システムで勝つ。
4. ファンとの良好な関係
オーナーのブルームは地元出身で、サポーターから愛されています。「外資が地域を踏み荒らす」という構図ではなく、「地元の人間が地域クラブを世界レベルに育てる」というストーリーが共有されています。
日本のクラブがブライトンから学べること
ブライトンは「世界でも特殊な事例」ですが、構造を分解すれば、日本のクラブも学べる要素は多い。
① データ分析への投資
Jリーグでも、データ分析を取り入れているクラブは増えています。ですが、Starlizardのような100名規模の分析チームを持つクラブは、日本にはまだない。
中規模クラブが大規模分析チームを抱えるのは難しいが、外部のデータ会社と組む、他クラブと共同で分析投資するといった工夫は可能です。
② 育成→売却モデルの組織化
日本人選手の海外移籍は近年急増しています。三笘(ブライトン)、久保(ソシエダ)、伊東(スタッド・ランス)、富安(アーセナル)、遠藤(リヴァプール)、町野(ホルシュタイン・キール)など。
しかし、Jクラブが「育成→海外売却」を組織的にやっているケースは、まだ限定的。多くは選手個人の能力と代理人の力で実現しています。
ブライトンモデルを参考に、Jクラブが「育成→売却」をビジネスプロセスとして組織化できれば、年間数十億円規模の収入源になります。
③ 提携クラブ戦略
ブライトンとユニオン・サンジロワーズの関係のように、国内外に提携クラブを持って育成サイクルを回す戦略は、Jクラブも採用できます。
例えば、JクラブがJ2・J3の下部リーグクラブと提携し、若手選手のレンタル・育成を組織化します。海外進出済みのアルビレックス新潟(シンガポール)のように、海外提携クラブを持つこともあり得ます。
④ 長期視点の経営
短期的な順位や成績よりも、5年〜10年で見て成長するクラブを作る。これはオーナー・経営陣の覚悟が必要ですが、ブライトンの事例は「短期の浮き沈みに動じない経営が、結果的に最大の成功を生む」ことを証明しています。
ストライカードットコム視点:地方クラブに必要なのは「賢さ」
筆者は、地方プロクラブやアマチュアクラブの取材を続けています。多くのクラブが「資金力で大手に勝てない」という悩みを抱えています。
ブライトンの事例は、その悩みへのひとつの回答です。
「資金力ではなく、賢さで勝つ」。
データ分析、育成、提携、長期視点。これらは大金がなくても始められる戦略要素です。むしろ、大金を持っているクラブほど「金で解決する」誘惑に負けて、賢い経営から離れてしまう。
地方クラブこそ、ブライトンモデルから学ぶ価値があります。
まとめ
- ブライトンは元3部の地方クラブが、データ分析でプレミア常連になった事例
- オーナーはトニー・ブルーム(ポーカープレイヤー、スポーツベッティング会社オーナー)
- Starlizardという100名超の分析機関がクラブの心臓部
- マネーボール戦略:安く獲得→市場価値を上げて高く売却
- 三笘薫は4.8億円で獲得、市場価値80億円超まで上昇
- 過去12ヶ月で500億円超の移籍金収入
- 日本のクラブが学べる4要素:データ投資、育成→売却モデル、提携クラブ、長期視点
ブライトンは「奇跡のクラブ」ではなく、「賢い経営をやり続けたクラブ」です。日本のサッカークラブが世界で戦うための、ひとつの教科書として、これからもブライトンの動向を追い続けたい。
参考リンク
– トニー・ブルームとは?『ザ・リザード』と呼ばれる天才ギャンブラー
– プレミア初昇格から5季目で大躍進のブライトン(Number)
– 三笘所属のブライトン、過去12か月で移籍金”約500億円以上”
– 三笘薫らを独自のアルゴリズムで評価 ブライトンの躍進を支える会長(Sportiva)
– 三笘選手所属ブライトンのビジネスモデルについて(note)
– ブライトンの「歴史上最も高く売れた選手」6名(Qoly)
